議事経過 第189回国会(平成27年7月16日)

開会午後一時二分

  • 日程第一 自衛隊法等の一部を改正する法律案(江田憲司君外四名提出)
  • 日程第二 国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する人道復興支援活動等に関する法律案(江田憲司君外四名提出)
  • 日程第三 我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案(内閣提出)
  • 日程第四 国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案(内閣提出)

右四案を一括して議題とし、我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員長の報告があって討論の後、まず日程第一及び第二の両案を否決し、次に日程第三及び第四の両案を委員長報告のとおり可決した。

散会午後二時七分

第189回国会 議案の一覧

集団的自衛権

最近の議論の争点はおそらく、いわゆる集団的自衛権を容認するのか否か、でしょう。

戦(いくさ)を仕掛けれた際に迎撃して相手に大きなダメージを与えられるような体制を整えておくことは、これは当然抑止力として有効であろうと考えられます。
相手が自分より強そうに見えたら、多くの場合ケンカを仕掛けるのをためらいますよね?それは、攻撃とともに自分にも相応のダメージがあるからです。
集団的自衛権は、個人からグループに拡大するようなもので、Aグループ(A集団)に属しているA1A2がいた場合、A1Bから不当に攻撃を受けた場合、直接攻撃を受けたA1だけではなく、直接攻撃を受けていないA2Bに反撃することを予めルール化し、公示しておきます。これにより、Bは、A1を攻撃することによりA1だけでなくA2からも反撃される可能性を考慮しなければならなくなります。

さて、安保法制反対派の人達は「他国(主にアメリカ)の戦争に巻き込まれるから安保法制(集団的自衛権容認)反対」、という主張をしています(もちろん、これに限りません)。

具体的には、アメリカが他国Aから攻撃を受けた場合には日米安保(同盟)のルールに則り、日本も他国Aに攻撃を行うことにより、日本と他国Aが交戦状態に入る(巻き込まれる)だろう、ということでしょう。

このようにみると、「戦闘行為(状態)」に巻き込まれるから集団的自衛権容認はダメだ、ということなのでしょうか?
もしそうだとすると、反対派は「集団的自衛権は抑止力にはならない」という考えなのでしょうか?
もしくは、単純に「9条」があるから?

ここで一度「9条」を見てみます。

第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

憲法学者の学説と政府見解が衝突する論点ではありますが、政府見解を通説とすれば、「侵略戦争はしない」「侵略戦争をするための戦力は持たない」「侵略戦争をするための権利は認めない」ということになるでしょう。学説では「自衛」を含むすべての「戦争」を含めます。極論を言えば、9条を信奉する人は、こちらがノーガードであれば相手も警戒心を解くので攻めて来ないよ、ということになるのでしょうか。このような人達は、普段自宅・クルマ・自転車に鍵をかけるということをしないのでしょうか?

憲法前文

憲法を学んだことがある者であれば、憲法には『前文』というものがあり、さらにこの前文も憲法の一部として認識される、ということはご存知ですよね?つまり、憲法解釈を巡って議論する際には第1条から第103条の他に、この前文も等しく扱われるということです。

この憲法前文の中には下記のフレーズがあります。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

9条は日本だけを対象にしていますが、前文はなんと全世界の平和について謳っています。

この世界に、恐怖と欠乏をもたらす者が現れたのであれば、全世界の国民の平和を守るために、国際社会の要請に基づき戦うことも厭わない、そんな態度を取る。その程度で十分目的は達成できます。抑止力が働いている間に外交戦で事態の収拾を図る、それで良いのです。

自衛隊を自衛軍に

自衛隊は、その呼称はさておき、事実上誰がどう見ても「軍隊」です。
国際社会上、この状態が問題にならないのは自衛隊が「自国を防衛するための軍隊」として認知されているからです。
この場合、最大の問題は「自衛隊が存在していること」ではなく国民が「軍隊としての自衛隊を管理するための法概念が無いこと」です。
最近は、自衛隊法を修正しながら交戦規定をようやく整備したりといろいろ工夫し、表向きの建前として日本には軍隊が存在しないことになっているわりには、自衛隊の内部管理規定が徐々に充実してきています。

このように、交戦規定を定めた自衛隊法があるならそれで十分だろう、という意見もあるかも知れません。しかし、憲法に自衛隊が軍隊として記載されていない、ということは憲法が「国民が国家に対して制限をかける法体系」としての意味を持っていることから、国民が自衛隊という軍隊をコントロール出来ないということを意味します。

戦争したくない、とか、巻き込まれたくない、とかそういう次元の話をする前に、憲法に軍隊としての自衛隊の存在を明記しなければ根本的に戦争放棄なんて出来ないでしょう、という話です。

逆説的ではありますが、9条の精神を守りたいのであれば、9条を改憲して「軍隊としての自衛隊(自衛軍)」の存在を憲法上明確するべきなのです。それでこそ、ようやく国民自身が直接自衛隊に制約を課し平和憲法を維持できるのではないでしょうか?